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記憶を纏い、時間を編む:BISHOOLとxukataが静かに語ること



私たちは、なぜこれほどまでに「纏うこと」に心を砕くのでしょうか。朝、クローゼットから一着を選び、袖を通す。その何気ない行為の中に、自分の在り方を確かめるような、祈りにも似た感覚が宿ることがあります。

我々が皆様にお届けしているのは、単なる布の集積ではありません。それは、愛知県の「尾州」という土地に深く根を張った職人の矜持であり、デザイナーが人生をかけて切り拓いた美学の継承です。

この場所を訪れる方々は、流行の波に身を任せるのではなく、自らの魂が共鳴する「何か」を探しているはず。そんな皆様へ、BISHOOLとxukata、二つのブランドの背景にある、気の遠くなるような時間と手仕事の記憶を紐解いていきたいと思います。


第一章:ションヘル織機、あるいは「遅さ」という名の贅沢

尾州の冬は、どこか凛とした冷たさがあります。その静寂を破るように聞こえてくる、ガチャン、ガチャンという重厚な機械の音。昭和初期からこの土地の風景の一部として溶け込んできた「ションヘル織機」の音です。

現代の衣服生産の現場では、目にも止まらぬ速さで布を織り上げる高速織機が主流です。しかし、BISHOOLが愛してやまないのは、その十分の一、あるいはそれ以下の速度でしか進まない、あまりにも非効率な織機。一分間に打ち込まれる緯糸はわずか80本程度。最新の機械が1,000本を超える糸を叩き込む間に、この古い機械は呼吸をするように、ゆっくりと、大切に、糸と糸を交差させていきます。

なぜ、私たちはこの「遅さ」に固執するのか。それは、糸に過剰な負荷をかけないためです。高速で引っ張られ、締め付けられた糸は、本来の膨らみを失い、平坦な表情になってしまいます。しかしションヘル織機は、手織りに近い原理で、糸と糸の間に目に見えないほどの「空気」を抱き込ませます。こうして織り上げられたウールギャバジンは、手に取った瞬間にその違いがわかります。しなやかで、重力に逆らわずに美しく落ちる。その豊かなドレープは、この非効率な時間だけが作り出せる「贅沢」なのです。

一つの反物が織り上がるまでには、さらに果てしない準備の日々があります。経糸を整える「整経」から始まり、数千本、時には一万本を超える糸を一本ずつ、針の穴のような小さな隙間に通していく「綜絖(そうこう)通し」や「筬(おさ)通し」。織り始めるまでの準備だけで十日、そこから一反(50m)を織るのにさらに四日以上の歳月を費やします。職人たちの指先が、数えきれないほどの糸と対話し、ようやく一枚の布が命を宿す。それは、効率という言葉が支配する世界に対する、静かな、しかし確かな抵抗のようにも思えます。


第二章:黒という名の静寂、自由

BISHOOLの服を語る際、誰もがその「黒」に視線を奪われます。それは、私たちが日常的に目にする黒とは、明らかに異なる奥行きを持っています。

この「深黒」を生み出すのは、尾州の染色職人たちが守り続けてきた伝統の技です。ウールという素材は、その特性上、どうしても光を反射しやすく、少し白っぽく見えてしまうことがあります。それを打ち破るために施されるのが「濃染加工」。繊維の表面に特殊な樹脂の層を作り、光の乱反射を極限まで抑え込む。そうすることで、光を吸い込み、影そのものが形を成したかのような、圧倒的な黒が生まれます。

この深い黒を纏うことは、自分自身を一度リセットするような、不思議な静けさを伴います。BISHOOLが追求するのは、その「黒」という空間の中で、いかに身体を自由に解き放つか、という問いです。

代表作であるHuge JacketやHakama Pantsに共通するのは、身体と布の間に広大な「ゆとり」を持たせるという思想。それは単にサイズが大きいということではありません。ドロップショルダーによって肩のラインを優しくなぞり、着用する人の体格に合わせて生地が自然と落ちるように計算された、極めて精密なパターンの結果です。

日本の伝統的な正装である「袴」を再構築したパンツも、その象徴的な一着です。フロントに深く刻まれたタック、そしてサイドをボタンで畳むことで現れる三つ目のタック。これらの構造は、歩くという日常の所作を、舞台の上で舞うようなドラマチックな瞬間に変えてくれます。ウールは夏には熱を逃がし、冬には体温を守る「呼吸する繊維」ですから、この袴パンツは一年中、あなたの肌に寄り添い続けます。五年、十年と愛用するうちに、生地の光沢は落ち着き、より一層あなたの身体に馴染んでいく。服を着るという行為が、時間の経過と共に深まっていく過程を楽しんでいただけたら、これほど嬉しいことはありません。


第三章:xukata 繋がれた意志と、二年の歳月が育む足跡

2025年、私たちは一つの大きな岐路に立たされました。多くのファンに愛され、独自の衣服観を提示し続けてきたブランド「Ka na ta」が、その活動に一旦の区切りをつけたのです。

デザイナーの加藤哲朗氏が生み出してきた「xukata」や「geta」の型紙たちが、行き場を失いうかもしれない。その知らせを聞いた時、Dear Joze.の代表吉田の心に去来したのは、「この美しい形を、絶やしてはならない」という切実な想いでした。

吉田氏と加藤氏は、単なる取引先という関係を超え、十数年にわたり私的な悩みも共有し、共に歩んできた友人でもありました。互いの信頼があったからこそ、加藤氏は自らの魂とも言える型紙と指示書を、吉田氏に託すことを決めたのです。こうして誕生したのが、新レーベル「xu ka ta」。名前の綴りは変わっても、そこにはKa na taの服を長年縫い続けてきた日本の工場の職人たちの手仕事が、寸分違わず息づいています。

xukataを象徴するもう一つのプロダクト、それが「geta」です。一見するとシンプルな木工品に見えるかもしれませんが、その一足があなたの元に届くまでには、驚くべき時間の集積が隠されています。

下駄の製作は、桐の原木を伐採するところから始まります。驚くべきことに、伐採された木が下駄の形になるまでには、二年以上という歳月が必要なのです。まず丸太の状態で一年間乾燥させ、さらにブロック状に切り分けた後、一年間もの間、屋外で雨、風、雪にさらします。これを「渋抜き」と呼びます。厳しい自然環境にさらされることで、木のアクが抜け、変色しにくく、驚くほど軽くて丈夫な素材へと鍛え上げられていくのです。

機械で大量生産される靴とは異なり、xukataの下駄は、最後は職人がノミや鉋を使い分け、一点ずつ手作業で形を整えます。鼻緒を通す穴の位置ひとつ、角度ひとつをとっても、歩きやすさを追求した職人の知恵が詰まっています。二年前の空気を吸い込み、二年前の雨を耐え抜いた木が、今、あなたの歩みを支えている。その事実に想いを馳せるとき、衣服を纏うということが、いかに豊かで、奥行きのある体験であるかに気づかされるはずです。


結びに代えて:永く、深く、寄り添うために

ご紹介している服たちは、どれも「速さ」や「効率」という指標からは、最も遠い場所にあります。織機の音、職人の手のひら、二年の月日、そして継承されたデザイナーの祈り。それらすべてが幾重にも重なり合って、一着の服として結実しています。

服を愛するということは、その服の背景にある「物語」を自らの人生の一部として引き受けることではないでしょうか。しっかりとしたこだわりがあることを理解しなければ購買に至らないというお客様の姿勢は、私たちにとって、この上なく誠実で、尊いものに感じられます。

BISHOOLの漆黒に身を包み、自らの内面を見つめる時間。 xukataのgetaを鳴らし、季節の移ろいを肌で感じる瞬間。これらの衣服が、あなたの日常に静かな驚きと、確かな彩りを添えることができれば幸いです。

効率化を急ぐ世界の中で、あえて足を止め、本当に価値のあるものに触れる。その贅沢を、ぜひ体感してください。
あなたの身体に馴染んだその服が、五年後、十年後、今よりもさらに美しい表情を見せてくれることを、私たちは心から願っています。