xukata という服の在り方
身体のために、ただそれだけ
私たちは、服を手に取る前に、まずその「名前」に出会います。ブランドの名前とは、デザイナーの意志の結晶であり、長い年月をかけて積み上げられた信頼の器です。だからこそ、そのブランドが幕を閉じるとき、その名前と共に多くのものが静かに消えていきます。
しかし、まれに、消えることを拒む「形」があります。デザイナーの手から生まれ、職人の指先で育まれ、それを纏う者の身体によってはじめて完成するような、そういった服の「形」は、時として時代を超えて受け継がれることを求めます。
xukataはそのような服です。
第一章:名前の奥にある問い
xukataというレーベルの源流には、「Ka na ta」というブランドがあります。デザイナー加藤哲朗氏が長年にわたって追い求めたのは、ただひとつの問いでした。「服は、誰のためにあるのか」。
その答えを加藤氏は明快に定めていました。流行のためでも、ブランドのためでも、着る人の個性を際立たせるためでもない。ただひたすらに、身体のために。この一貫した姿勢がKa na taという活動を貫き、xukataというプロダクトを生み出しました。
Ka na taという名前は、ひらがな一字一字に古い意味が宿っています。「か」は他者、「な」は見ること、「た」は時間的空間的方向性。三文字を合わせると「あなたが見ている時間と空間の方向性」になる。それは、デザイナーの創作物に貼るラベルではなく、服を纏う身体の名前であり、その身体が向いている先の名前でした。服にブランドタグを一切つけないという決断も、この哲学の帰結です。
2024年春夏シーズンをもってKa na taは活動を休止しました。加藤氏と十数年来の友人であったDear Joze.の吉田氏が「この型紙を絶やしてはならない」と決意し、型紙と指示書を受け継いだ。名前の綴りは「xu ka ta」へと変わりましたが、服を縫ってきた職人の手は、寸分違わず動き続けています。
第二章:浴衣を「解放」するということ

xukataという名は、日本語の「浴衣(yukata)」の頭文字「y」を「x」に置き換えたものです。この小さな文字の変換が、ブランドの思想を端的に表しています。伝統を博物館的に保存するのではなく、伝統をその形式性から解放すること。
伝統的な浴衣は美しい衣服ですが、現代の多くの人にとって「着付け」という高い壁があります。帯の結び方、衿の合わせ方、紐の処理。正しく着るためには知識と練習が必要で、それゆえ夏祭りの特別な一着として押し入れに眠り続けることになりがちです。
xukataはその壁を取り除きました。着付けの知識は一切不要です。羽織るようにして袖を通し、付属の帯を軽く結ぶかリボンにするだけで、美しいシルエットが生まれます。たっぷりとした生地分量が生み出すゆるやかな球体のシルエットと、風を受けるたびに動く柔らかなドレープ。布が身体の輪郭をなぞりながら、自然な距離を保つ。その距離の中に空気が宿り、素材の表情が生まれます。
日本の伝統衣服が持つ美しさの本質は、多くの場合、身体と布の間にある「余白」から生まれます。xukataはその余白を、現代の素材と生活様式の中で再現しようとした試みです。春から秋にかけて纏うことができ、部屋着として、よそ行きとして、夏祭りの装いとして、一着で幾通りもの顔を持ちます。
第三章:二年間という時間の贈り物

xukataレーベルが手がける「geta(下駄)」は、衣服と同じ哲学を足元に根付かせるプロダクトです。一見すると素朴な木製のサンダルに見えるかもしれません。しかし、あなたの元にその一足が届くまでに積み重なった時間を知れば、手に取る感覚が確かに変わります。
xukataの下駄は、桐の原木の伐採からすべてが始まります。伐採された丸太はそのまま一年間、外気に委ねて自然乾燥させます。次に、ブロック状に切り分けた材をさらに一年間、屋外で雨、風、雪の中にさらし続けます。この工程を「渋抜き」と呼びます。
渋抜きとは、木のアクを自然の力で抜き出す過程です。厳しい季節の変化に繰り返し晒されることで、木は変色しにくくなり、驚くほど軽く、しかし頑丈な素材へと鍛え上げられていきます。この二年間を経た木材だけが、ようやく下駄としての形を持てる段階に辿り着きます。
その後、職人がノミと鉋を手に取ります。鼻緒を通す穴の位置、その角度のわずかな傾き。これらはすべて、歩く人の身体に合わせた職人の知恵が宿る部分です。二年前の雨を耐え抜いた木が、今、あなたの歩みを支えている。その事実に想いを馳せるとき、何かを身につけるという行為が、もう少し豊かなものに感じられるはずです。
結びに代えて:変わることで、守られるもの
ブランドとは、本来、名前ではないのかもしれません。それは、デザイナーが選んだ素材の手触りであり、職人が繰り返した縫い目の正確さであり、それを纏った人の記憶の中にある感覚です。
xukataという名前は、確かにKa na taとは異なります。しかし、「服はただ、身体のためにある」という問いは変わっていない。その問いを、別の手が受け取り、別の名前で、同じ誠実さで世に送り出し続けている。
流行の服ではなく、時間を経ても問いかけ続ける服を。纏う人の日常の中に、ゆっくりと馴染んでいく服を。手に取るたびに、ものを作ることへの敬意を思い出させてくれる服を、お届けしたい。それが私たちのEpilogueです。
二年の歳月を知る木が、あなたの足元を支える。継承された型紙が、あなたの肩に静かに落ちる。着込むほどに馴染み、年を経るほどに深みを増す。そういう服と、長く付き合っていただけたら幸いです。
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